唎酒師への道(20)ー 酒母(酛)造り その① 酵母について ー
さて「唎酒師への道」シリーズも、20回目です。今回からは、「酒母(酛)造り」という、これまた重要な工程について書いていきます。
「酒母造り」とは、シンプルに説明すれば、
アルコール発酵に必要な「酵母」を大量に培養する工程
のことです。
そして、シンプルに説明できる、この工程には、実は様々な高度な技術が駆使されており、かつ技術開発などにより、その手法も多様化していて、
その手法の違いによって日本酒の味わいに大きく違いが生じる
ことから、この工程を理解することは、我々、日本酒ファンにとっても非常に重要になってきます。
しかし、今回は、この酵母を培養する工程の説明に入る前に、まず、
酵母そのもの
について、その働き、種類、特性などについて簡単にまとめておきたいと思います。
①【酵母とは】
酵母は、自然界に広く存在する単細胞の微生物で、無数の種類が存在し、その用途によってパン酵母、ワイン酵母などに分かれており、日本酒の製造に使われるものを清酒酵母といいます。
②【酵母の主な働き】
アルコール発酵・・・糖分をアルコールと炭酸ガスに分解する働き
香気成分の生成・・・酵母の種類によって、生成する香気成分に大きな違い
酒の味わいへの影響・・・酵母の種類による発酵力の違い、酸の生成の違い等が味わいに影響
③【酵母の種類】
<蔵付酵母>
明治時代までは、酵母は各々の酒蔵に棲み着いている、いわゆる「蔵付酵母」を利用して酒造りが行われてきましたが、年によって酒の出来具合や酒質にバラつきが生じるなど不安定な状態でした。
実は、今でも、数は少ないですが一部、または全部のお酒を蔵付酵母で醸造している酒蔵もあります。技術の発達によって、蔵付酵母を分離して、きちんと保存することによって、「酒質の再現性」を確保している蔵もありますし、また、それとは真逆で、本当に自然にまかせて、その年、その年に強い酵母が中心になって酒が造られるということを実践している蔵もあります。「酒質の再現性」は、もちろん大事なのですが、個人的には、醸造年度によって、酒質に個性がある銘柄があってもいいと思いますけどね。
<きょうかい酵母>
明治時代は酒税が国家予算における重要な歳入源であったことから、政府は安定的な酒税を確保するために、国立醸造試験所を設立し、酒蔵と協力して健全で優良な酵母を純粋培養して、日本醸造協会を通じて、希望する酒蔵に頒布することを始めました。これが「きょうかい酵母」と呼ばれるものです。
きょうかい酵母は、最初に灘の「桜正宗」から分離培養されたものを1号とし、その後も、2号、3号と増えていき、現在は19号まで存在します。しかし、様々な経緯から、現在は1−5号までは使われていません。
また、通常、酵母が発酵する際には「大量の泡」が発生するのですが、
・発酵タンク上部に泡のためのスペースを確保する必要があり仕込める量が限られて不経済であること
・泡の中にも酵母が大量に存在することから、その泡を液体に戻す作業・機器が必要であること
・タンク壁面にこびりついた泡を液体に戻すことで衛生面での問題もあること
などから、
「発酵時に泡を生じさせない酵母」
が開発され、現在はこうした泡が発生しないタイプの酵母を使用する酒蔵が圧倒的に多くなっています。これを「泡なし酵母」と呼び(まんまです・・・)、この泡なし酵母は、
「各きょうかい酵母番号の後ろに01をつける形で命名」
されています。
例えば、
きょうかい7号酵母の泡なし酵母 ➡️ 701号
といった形です。
各酵母には生成する香りの成分や、適切な発酵に要する温度・期間などに大きな違いがあり、これを踏まえた上で、各酒蔵が、以前「麹」の回でも説明しましたのと同様に、
「酒質設計」の観点から、使用する酵母も決めていく
わけです。
因みに、主な「きょうかい酵母」とザックリとした特徴は以下の通りです。
<地方自治体開発・分離酵母>
酒造好適米でも、各都道府県単位で、様々な新種が開発されていることは以前、ご紹介させていただきましたが、酵母の世界でも、同様のことが起こっておりまして、秋田県、山形県、福島県などの東北の他、長野、静岡、広島などなど全国各地の醸造試験場や技術開発センターなどで次々と酵母が開発されて、最近は、例えば、
「オール県内産の日本酒!」
をアピールする酒蔵も増えてきていて、「米」「水」に加えて「酵母」も同じ県内で開発されたものを使うという傾向も増えてきて、ますます使用酵母も多様化してきています。
<花酵母>
東京農大では、自然界に存在する花から様々な香味を醸し出す優良な酵母を分離することに成功し、こうした酵母を使用することで、これまでにない酒質を実現できる面もあることから、多くの酒蔵で花酵母を使ったお酒が造られ始めています。具体的には、日々草、ナデシコ、つるバラ、ベゴニアなどの酵母が存在します。
最後に、ご参考までに、全国新酒鑑評会出品酒の使用酵母の推移をご紹介しておきます。
これを見ると、平成の初め頃は、「きょうかい9号」が業界を席巻していたことがわかりますね。この頃は、新酒鑑評会で金賞を取る三種の神器として、「YK35」という造語が存在していて、それぞれ
Y・・・山田錦
K・・・熊本の香露で分離された「きょうかい9号酵母」
35・・・精米歩合35%
を指しています。山田錦を使って精米歩合35%まで磨き、9号酵母を使って造ったお酒が金賞への近道であるということを表す造語だったんですね。
ところが、その後、時代が流れ、9号酵母の占める比率は一気に低下して、代わりに、より強烈にリンゴやメロンといった果実様な香りを生成し、酸度も少なく、仕込み日数も短期で済む1801号が頭角を表してきて、全体の3割弱を占めるにいたっています。
また、平成10年あたりから「その他」の比率が4割を超えておりまして、きょうかい酵母でなく、地元都道府県産の酵母などを使う動きが活発になってきていることをうかがわせます、
米の種類においては、未だに、山田錦が圧倒的なシェアを得ているのとは随分違って興味深いですね。
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