唎酒師への道(24)ー 酒母(酛)造り その⑤ 微生物のドラマー

さて、すっかり久しぶりになってしまった「唎酒師への道シリーズ」ですが、今回は、「酒母造り」の最終回です。

今回は、まずは、生酛系酒母造りにおける、硝酸還元菌を含めた微生物全体の盛衰にスポットを当てて説明して見たいと思います。

唎酒師のテキストにも出てくる「硝酸還元菌」ですが、そのテキストでは、日本酒造りに関わる微生物の一つとして簡単に紹介されているだけで、酒母造りのセクションでは、乳酸を得る方法の違いによる、生酛系酒母と速醸系酒母の説明に終始し、硝酸還元菌の働きについてはスルーされているので、その働きについては、なかなか理解されていないのが実情です。

まず硝酸還元菌は、生酛系酒母造りの初期段階において重要な役割を担っています。

既に説明しましたように生酛系酒母造りにおいては、自然界(蔵内)に存在する乳酸菌を時間をかけて取り込んで、その乳酸菌が乳酸を生成し、雑菌や野生酵母の繁殖を防ぎ、殺菌していくわけですが、実は、硝酸還元菌は、

この乳酸菌が機能し始める前の段階で野生酵母や雑菌の繁殖を防ぐ役割

を担っているのです。

具体的には、水の中に存在する硝酸還元菌が、やはり水に含まれる硝酸と反応し、

硝酸還元菌 + 硝酸 ➡︎ 亜硝酸

という形で亜硝酸を生成し、この亜硝酸が野生酵母やブドウ球菌などの雑菌をやっつけてくれるわけです。

しかし、この「硝酸」という一種のミネラル成分は、硬水には存在しますが、軟水には少ないので、軟水では、この亜硝酸生成反応が上手く起こらないことがままあるそうです。ですので、軟水を使用して生酛造りをしている蔵では、硝酸を補給するために硝酸カリウムを添加するところも多いのだとか・・・。せっかく、乳酸菌を自然から取り込む手法なのに、硝酸を得るために硝酸カリウムを添加するというのも何とも・・・という気もしますが、最近は、この亜硝酸反応に頼らずに生酛造りを行う蔵も増えてきているとのことです。

さて、ここで、生酛系酒母造りの中での微生物の盛衰を図で示したものを見てみましょう。これは、生酛造りの名手として知られる大七酒造さんのホームページからお借りしました。

大七酒造HPより

順を追って説明しますと、

①仕込み後は、まず硝酸還元菌が増殖し、亜硝酸生成によって野生酵母や産膜酵母(シンナーや酢のような好ましくない香りを生成する酵母)の増殖を抑え込む

②乳酸菌が繁殖し始めると、それが生成する乳酸によって野生酵母、産膜酵母は死滅していき、かつ、硝酸還元菌も淘汰され、その役割を終え、亜硝酸も消滅する

③乳酸によって余計な微生物が淘汰されたところで、酸に耐性の強い清酒酵母を添加

④邪魔者がいない環境で酵母がどんどん増殖していき、その過程の中で、アルコールも生成されるので、そのアルコールにより、今度は乳酸菌が淘汰される

⑤結果、健全な酵母だけが増殖され、残った乳酸による酸性を保った酒母が完成

というような流れになります。

どうです?

硝酸還元菌 ➡︎ 不要な雑菌・酵母を淘汰 ➡︎ 酸には弱いので乳酸菌が増えてくると淘汰される

乳酸菌   ➡︎ 不要な雑菌・酵母を淘汰。乳酸を生成 ➡︎ アルコールには弱いので淘汰される

酵母    ➡︎ 酸に強いので、酸性の環境下で増殖

ということで、最後には、

酒造りに必要な酵母と乳酸だけが残る

わけです。

まさに、

小さなタンクの中で繰り広げられる微生物のドラマ

ですよね〜。

これは、試験には出ませんが、酒造りの奥深さを感じることができますよね。

 

そして、もう一つ、酒母造りにおいて、試験には出ませんが、最終回に説明しておきたいことがあります。それは、

細やかな温度管理

です!

下は、再び、大七酒造さんのホームページからお借りした図です。

大七酒造HPより

これも順を追って説明しますと、

①仕込み後は、5〜6℃という低い温度を保ち、これを打瀬と呼ぶ

②60℃程度のお湯の入った筒をタンクに投入(暖気)し、全体の温度を上げ、その後引き抜いて温度を下げる、という作業を何度も繰り返す。初めて行う暖気作業のことを初暖気と呼ぶ。

③酵母添加を添加して、しばらくしたら、発酵を進めるためにコンロなどを使って外部から加温して全体の温度を引き上げていく。発酵が始まると、発酵熱により温度が更に上昇する

④酵母が増殖した後は、急速に温度を冷やして酵母の活動を停止させ休ませる

という流れになります。

次に、何故、このような細やかな温度調節・管理するのかを説明します。

まず②に関してですが、これは「酒母造り その③」でも書いたのですが、

酒母造りにおいては、まずデンプンの糖化を優先させる

からなんです。

①の低い温度の状態では、麹が生成した酵素は活性化できずにいるわけですが、暖気によって、温度を上げ、その後引き抜いて再び温度を下げるという作業を繰り返すことで、酵母添加後も、

酵素は活動を開始できる温度に到達し糖化は起こる

しかし、

酵母が活動を開始する前に温度が下げられてしまうのでアルコール発酵は起こらない

という環境を保つことができ、デンプンの糖化を優先的に行うことが可能になるのです。

酵素は物質酵母は微生物ですから、温度変化による活性化にタイムラグがあって、その特性を上手く利用しているんですね。すごいです・・・。

次に、③で、何故、外から熱を加えて温度を上げていくのか?ですが、糖化を優先的に行ったことで、酵母が増殖するために必要な養分は十分にありますが、タンク内の糖度が非常に高くなっていて、これは実は、微生物である酵母にとってはタフな環境なんですね。糖度が非常に高い、ジャムや蜂蜜も微生物には厳しい環境なので、腐りにくいですよね。それと似ています。ですから、酵母の活動を助けてやる意味で、温度を上げてやる必要があるんですね。

いやあ、それにしても、微生物学の知識などなかった時代から、いったいどのようにして、このような高度な技術が確立されていったのでしょうか?

本当に日本酒造りの奥は深いです!

ブログ・ランキングに参加してます!よろしければクリックお願いします! にほんブログ村 酒ブログ 日本酒・地酒へ
にほんブログ村
日本酒ランキング

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください